母娘の関係性で悩んでいる場合、距離を置くことなのですが、なかなか簡単に距離を取りにくいものです。

著者 信田さよ子氏「母が重くてたまらない」という書籍があるように、支配的な母親の娘さんの場合は「母とどうやって距離を取るの?」と思いますでしょう。

結婚を考えている場合、母親から自由になっておくことが必須ではないかと思います。支配的な母親から自由になりたい、家を出たいから結婚したいと思っちゃうと、同じように支配されてしまう関係性の男性と一緒になったり、男性は優しい人であっても、その人の母親が支配性が強く距離を置けず、結局同じ!とストレスになっちゃいます。

ここは、支配されちゃう関係性から自由になっていく感覚を身に付けておくと、婚活だけでなく職場の人間関係にも役立ちます。

いつも自分の思いや考えが反映されず「我慢してしまうのよね」という関係性から解放されましょう。

母親に対していつも顔色を伺って育ってきたな、合わせてきたなという場合、他の人間関係でも、同じような関係性になってしまいます。

特徴として、いつも我慢をしてきたにもかかわらず「よくやったね」と褒めることはなく「自分がダメなんだ」と思われている方が多いです。実はそれは、母親(父親の場合もあると思いますが)からそう思わされえてきただけなんですよ。

子どもの頃に自由に思ったことを言ってもいい環境だと、「自分はこう思っている」と自分の発言に自信が持て自分を肯定的に尊重できると思いますが、何を言っても否定されると「自分はダメなんだ」と思わざるを得ません。

「この子は私(母親)がいないとダメね」と、親にとって都合のいい子になっていただけなんです。母親が守ってくれているように見えて、実は支配なんじゃないかと思うんですよ。

(親は勿論、支配しようなんて思っていません。無意識的に自分の思うように育って欲しいと思っているのか?結果的に縛りになっているものです。親は、親の権限を必死に守っているのであって、親が悪い訳ではありませんので、こちらから程よく距離を取っていきます)

私自身の体験ですが、私の場合は、母は弱い人と勝手に思っていた気がしています。実は、食糧難の戦後を生き抜いたとっても強い人だったんだと、母が亡くなった今痛感しています。

母はいつも愚痴を私に話していましたので、私はいつも「サポートしなくっちゃ」と思い先回りして動いていました。子供の頃は状況がわからないまま、母が落ち込んでいるので「助けにならなきゃ」と思うのですが、大人になってもその感覚だけが残っているものです。

そこで、落ち着いて状況を客観的に見ていくと、案外先回りして解決する必要はなく、母が選択した生き方を尊重することなんですよね。

愚痴を言っても「そうなんだ」と尊重して聞くのですが、何も私が動かなくてもいいんですよね。(入院や施設の手続きなど必要な時は動きますが)

愚痴を言わなくなって欲しいというのは、自分のことではないので無理ですが、愚痴をいう母のことを気にしない状態になれば、ストレスにもならず何も問題はないんですよね。愚痴を聞いても解決することはできないので、娘が考える必要はないんです。

理屈でわかっていても気になってしまうという時は、無意識さんに任せれば大丈夫!無意識さんを活性化するためにも、遺伝子コードはおススメです。遺伝子コードについて、詳しくはこちら

意味がわからない言葉は、意識は働かず無意識さんが働いてくれますので、それだけで楽になっていきます。コードにはちゃんと意味はありますが、日本語としての意味はありません。

母親の言動が気になる時は、「気にする必要がない」と思うと却って意識することになってしまうため「無理、無理」となってしまいます。

母が気になったら「遺伝子コードを唱えよう」と、ただただ唱えるだけでいいんですよ。唱えているうちに、「あれー、何か気にならない」となるから不思議です。

母親と程よく距離を取るためにおススメの遺伝子コードは「MAPK1の還元×7(マップケーワンの還元と読み、7回ワセットで唱えて、母が気になる時は、母の話を聞きながら繰り返し唱えていました)」「HMOX1の還元(エイチモックスワンの還元)×7」こちらも同じく唱えます。唱えてしっくりくる方を唱えます。

全ての人に合うわけではありませんが、合わない時は、効果を感じないだけですので安心して唱えて下さいね。

私の例で言いますと、母が肺炎で入院し、肺炎は良くなったのですが、寝たきりになってしまい施設に入ることになった時のこと。

手続きや準備があり、施設に行った時、母は強い不安から怒りが湧いてきたのです。不安なのに、全く自由に動けなくなってしまった苛立ちから「情けない」と自分への怒りが湧いてきます。そのどうしようもない不安と怒りから、娘に当たってしまいます。

夕食の時は、リハビリも兼ねて食堂へ行く決まりなのですが、母は「行かない、ベットで娘と食事をする」と言い張ったのですが、決まりなので私が食堂へ着きそうことにしました。食堂では、文句ばっかりですが、そこで遺伝子コードを唱えると、遺伝子コードに気持ちが向く効果もあり、遺伝子コード自体の効果もありと段々愚痴を言う母が気にならなくなってきたのでした。

これはいいと、ドンドン唱えていくと、愚痴を言っている母に優しく「そう、そうね」と言えるようになっていたのでした。

カウンセリングの勉強をしていても、母親に「そうね」と聞けるのは、難しいことですが、遺伝子コードを唱えるだけで「あれー、難しくないじゃん」と思えるから、これは伝えていかなくっちゃと思っています。